テレビでアンパンマンを見ていた時の事

先週、娘と一緒に、テレビ番組のアンパンマンを見ました。

毎回、アンパンマンが、バイキンマンをやっつけるという構図。

見終わった後は、すっきりします。

娘から、こんなことを言われました。

「ドキンちゃんと食パンマンは結婚しないの?」と。

私はこう答えました。

「ドキンちゃんと食パンマンは仲間ではないし、

どちらかというと、敵同士なので、結婚はないんじゃない」と。

娘は続けてこう言いました。

「でもドキンちゃんは、食パンマンのことが好きなんでしょ?

結婚させてあげたいな」と。

これには参ってしまいました。

子供の願望って、こういうものもあるんですね。

何気なくインターネットで、そのことについて調べてみると、

作者のなやせたかしさんのコメントを見つけました。

なんと、そこに書かれていたこととは、

ドキンちゃんと食パンマンは、所詮、パンと菌なので、

結婚はないです、とのことです。

この話はリアルすぎて、夢を描いている娘には、

当分言わないでおこうと思いました。

歯科の看板の思い出

私は以前、歯科で受付をしていました。

駅から遠くない目立つ場所にあったため

「歯科の看板を見てきました」という初診患者さんも少なくなかったです。

私の働いていた歯科の看板は、シンプルな白地に、

黒で歯科名が書いてあるだけのものです。

おしゃれな感じはまったくなかったのですが、

院長先生が高齢だったため、古くからその看板を使っていたからでした。

今では院長先生も亡くなり、その歯科では跡取りがいなかったので、

(跡取り自体はいましたが、別の地ですでに開業医していたため)歯科は取り

壊され、いつも見ていた歯科の看板も今はその場所にないです。

私が社会人になって初めて働いた場所なので、

その場所が今はもうなくなってしまったことがさみしいですが、

仕方ないことかなと思います。

私も初めて歯医者に行くときは、

看板を見てその歯医者がどんな歯医者かな、と想像することがあります。

やはり明るい感じやイラストが入っていると、

先生や歯科衛生士さんが優しいのかなとか、

子供も多くかかっているのかなとか、そういうイメージがします。

私が今通っている歯科の看板は、明るい色遣いでとてもかわいらしいです。

先生が女医さんだからでしょうか。

内装も、先生も看板通りの印象です。

真っ白で硬いイメージだった歯科の看板を思い出すたび、

頑固おやじだった院長を思い出します。

夫には満面の笑みを見せる娘

間もなく生後4カ月になる娘がいます。
あっと言う間の生後4カ月ですが、今が一番(*^_^*)可愛い時のように思います。

目もしっかり見えているようだし、好きなように動いているし、
アーウーなどと声を出したり表情豊かになりました。
見ていて飽きません。

日中は夫は仕事でいないので、私と娘の二人きりで過ごしています。

色々お世話をしているし授乳もしているから、
私がベビーベッドの近くを歩いたりしていると起きていれば
目でずっと私のことを追ってくれ嬉しく思います。

でも、強敵がいるんです。
それはです。
夫は日中は仕事でいないし、夜も何かと用があって
夕ご飯を急いで食べて出かけて行きます。

用がない時でもコンビニやドラッグストアなどへ出かけたり
家で(^_^;)じっとはしていません。

それなのに、夫が帰宅すると娘は(^^♪嬉しそうなんです。
夫が娘の所へ行くと娘は私に見せる笑顔以上の笑顔を見せます。

笑顔と言うより(>v<)笑うんです。

そして、私の前ではいくら話しかけてもあまり声を出してくれないのに、
夫とは交互にアーウーアーウーと大きな声を出して二人だけの会話をしています。
その姿を見ていると、(;一_一)複雑な心境になります。

可愛いんだけど、なぜ夫にだけそうなの?と思って悔しくなるんですよね。
将来お父さんっ子になりそうな勢いです…。

ランドセルのその後

ランドセルというのは、小学校の6年間を通して使うものです

最初はぴかぴかのランドセル」というフレーズが(^_^;)頭に残るように、
ぴかぴか輝いているランドセルですが、6年もたつと…、
子供ですから使い方もで、革の端っこの部分が結構はげてきてしまったりします。

でも、そういうのが、子供ながらに味が出てきた感じがします。

そして、6年使い終えたランドセルですが…、
2度と学校に背負っていく事もありませんし、もちろん(・_・;)コスプレでもない限り、
プライベートで使用する事もありません。

でも、6年も使ったので、それなりの愛着があって
(>_<)捨てれないというのが本音です。

事実私のランドセルも結局、小学校卒業後、一体何年押し入れの中で
眠っていたのだろうかという感じです。

私は物を持つのもキープするのも(>_<)苦手ですし、
汚く見えるので嫌いなのですが、
ランドセルはしばらく自分の部屋の押し入れの奥で(-_-)zzz眠っていました。

押入れを開けた時に、たまにそれが(・_・;)目につくので、
その時には久々にランドセルの中を開けてみたりするのですが、
ちょっとカビとかが(;一_一)生えだしていました。
それでも(-_-)zzz捨てれずにいました。

ですが、ある時ランドセルの処理方法をテレビ番組で見て、
ある工場だか会社だかで、使っていたランドセルを保管できるように
ランドセルを小さくランドセルの形に加工してくれるというものがありました。

その大きさは、大体12cmx8cmくらいでしょうか。
かなりコンパクトな物になります。

その時にはその処理方法がかなり人気のようでした。
頼みたいねと母と話してはいたのですが、どうやら人気が高く、
予約をしてもランドセルが加工されて戻ってくるのには
(^_^;)ずいぶん時間がかかってしまうということでした。

それを聞いて、もうランドセルは持っていても仕方ないなと思い、
その数日後についにランドセルを捨てました。

捨ててしまうと、今まで(?_?)何でこんなものを取っていたのだろうという
気分になりましたが、きっとそれなりに愛着があったのでしょう。

セールで沢山買い物がしたい

あちこちで夏のバーゲン♫が始っています。
私は最近新しい洋服やバッグなどを買っていないので、
物欲がかなり溜まっています。
しかし、最近は子供の学校の行事や自分の仕事が重なって、
なかなか自由に買い物に行けていません。(-ω-`;)

この前、仕事が早めに終わったので急いで近くの
ファッションビルへ駆け込みました。
好きなお店へ行ってみると、
よさそうな物はすべて売れてしまった後でした。
これにはかなりショック(´Д`|||)でした。

独身の時は、バーゲンのシーズンになるとかなり燃えて
友達とよく行っていたのですが、
今ではまず自分の時間を作ることが大変な状態です。
欲しいと思っていたシャツとワンピースは
みんな売れてしまっていてすごく残念でした。
しかし、まだこの後も第二第三とセールがあると期待しています。

今度はもっと計画して、
欲しいバッグシャツをゲットしたいと思っています。(^^)v

銭湯と日本人の文化の復活可能性

銭湯とは、読んで字の如く「」を払って入る「」です。
つまり、銭湯とは有料に湯であると考えればよいと思います。
昔から、銭湯は日本人にとって馴染みの深い場所でした。
その昔、一家に一つの風呂がまだ一般的ではなかった頃、
銭湯は人々の重要な交流の拠点だったと思います。

何故、銭湯が重要な拠点だったかというと、
利用者の大半は夕方から夜のはじめ頃に集中するからです。
人々が銭湯に入る時間は、
おおよそが仕事帰りだったと思われます。

その昔、人々の仕事の大半が夕方頃に終わる時代が、
この日本にもあったようです。
仕事が終わった人々は銭湯に集まり、
その日の出来事を語らいながら湯に漬かっていたようです。

さて、現代にこのような銭湯の文化が復活する可能性は
あるのでしょうか?
たしかに、現代社会では帰宅時間もまばらになり、
人々の帰宅時間が合わせることなど難しくなりました。

しかし、私は銭湯の文化を復活させる事は
不可能ではないと考えています。
ただし、かつての銭湯の文化とは異なり、
復活した銭湯の文化は「仕事の休憩時間に」入る文化
となるとおもいます。

アフターファイブという言葉の意味が
伝わりにくくなっている現代において、
夕方の時間帯は多くの人は仕事をしています。
仕事を行っていれば否応が無く疲れは溜まりますよね。
もし、仕事が深夜まで続くようならば、
会社は社員に夕方の休憩を取らせるでしょう。
何故、夕方に休憩を取らせるかと言えば、
それは食事の休憩も兼ねているからです。

もし、この休憩の時間が長くなれば、
人々は銭湯に向かう余裕も出来るのではないでしょうか。
この長くなった夕方の休憩こそが、
銭湯の文化の復活の鍵を握ると言えるのである。

かつての銭湯の文化は日本人に何を与えていたのだろうか?
それは、交流という点だけで見ても説明は付くでしょうが、
私はそれだけではないと考えてます。
同じような人生を歩み、
同じような風呂に入った人々は団結力を得る。
その団結力こそが、かつての日本をささえた力であり、
今日の日本に必要な力ではないのでしょうか?

717d

最近では地元三重でも今風のスーパー銭湯と呼ばれるものが
増えてきてますが、どこもはやってます。
日本人は昔から風呂好きだったようですね。