銭湯と日本人の文化の復活可能性

銭湯とは、読んで字の如く「」を払って入る「」です。
つまり、銭湯とは有料に湯であると考えればよいと思います。
昔から、銭湯は日本人にとって馴染みの深い場所でした。
その昔、一家に一つの風呂がまだ一般的ではなかった頃、
銭湯は人々の重要な交流の拠点だったと思います。

何故、銭湯が重要な拠点だったかというと、
利用者の大半は夕方から夜のはじめ頃に集中するからです。
人々が銭湯に入る時間は、
おおよそが仕事帰りだったと思われます。

その昔、人々の仕事の大半が夕方頃に終わる時代が、
この日本にもあったようです。
仕事が終わった人々は銭湯に集まり、
その日の出来事を語らいながら湯に漬かっていたようです。

さて、現代にこのような銭湯の文化が復活する可能性は
あるのでしょうか?
たしかに、現代社会では帰宅時間もまばらになり、
人々の帰宅時間が合わせることなど難しくなりました。

しかし、私は銭湯の文化を復活させる事は
不可能ではないと考えています。
ただし、かつての銭湯の文化とは異なり、
復活した銭湯の文化は「仕事の休憩時間に」入る文化
となるとおもいます。

アフターファイブという言葉の意味が
伝わりにくくなっている現代において、
夕方の時間帯は多くの人は仕事をしています。
仕事を行っていれば否応が無く疲れは溜まりますよね。
もし、仕事が深夜まで続くようならば、
会社は社員に夕方の休憩を取らせるでしょう。
何故、夕方に休憩を取らせるかと言えば、
それは食事の休憩も兼ねているからです。

もし、この休憩の時間が長くなれば、
人々は銭湯に向かう余裕も出来るのではないでしょうか。
この長くなった夕方の休憩こそが、
銭湯の文化の復活の鍵を握ると言えるのである。

かつての銭湯の文化は日本人に何を与えていたのだろうか?
それは、交流という点だけで見ても説明は付くでしょうが、
私はそれだけではないと考えてます。
同じような人生を歩み、
同じような風呂に入った人々は団結力を得る。
その団結力こそが、かつての日本をささえた力であり、
今日の日本に必要な力ではないのでしょうか?

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最近では地元三重でも今風のスーパー銭湯と呼ばれるものが
増えてきてますが、どこもはやってます。
日本人は昔から風呂好きだったようですね。