少なくなった昔ながらの銭湯

齢40も過ぎると子供の頃にあったものや行ったところが無くなっていくことに寂しさを感じるものです。
代表的なものでは駄菓子屋がありますね。
学校帰りや休みの日に小銭を持って友達と集まっていました。
もうひとつ「銭湯」があります。
幼稚園から小学生の約3年間は家にお風呂が無かったため、家の目の前にある銭湯に通っていました。
番台が男湯と女湯の境にありお金をチャリンと置き、そして服は籠に入れてポンと置く。
湯船は適温の広い浴槽と少し熱い立湯がある昔ながらの銭湯でした。
子供だったので人が少ないと泳いだり潜ったりして、よくおばちゃんに怒られていたことを思い出します。
またよく銭湯の描写で湯上がりにコーヒー牛乳やフルーツ牛乳を飲む光景がありますが、当時は買ってもらうことができず一度も飲んだことは無かったと記憶しています。
その後転校することになり、引っ越し先の家にはお風呂があったため銭湯には行かなくなりました。
社会人になり自転車通勤をしていた時にふと思い出し、昔住んでいた周辺を散策しながら帰宅しようと思い立ちました。
記憶では周囲に何件か銭湯があったはずなのですが、どこを通っても見当たらなく新しいマンションやアパート、スーパーマーケットが建ち並んでおり、そして以前通っていた銭湯もすでに閉まっておりました。
もっと広い範囲で探せば数件残っているのですが、総数はやはり激減しているように感じます。
今ではスーパー銭湯が数多く展開されていて近所のスーパー銭湯には年間数回は入りに行くのですが、施設の規模や内容を見ると銭湯というよりも日帰り温泉という印象ですね。
お湯が熱くて水でうめるとおじさんに怒られたり、銭湯の常連さんとお話したりということが無いのはどこか寂しいというか物足りない感じがします。
どうしてもアトラクション的な施設にしないと集客が見込めないという理由があるとは思いますが、小規模で近所の人達と密に繋がれる銭湯は子供から大人までの交流を生むこともあります。
特に震災で被災された地域で仮設暮らしをしている方々には交流が大切なので、昔ながらの銭湯を是非とも復活してもらいたいものですね。